お侍様 小劇場

    “秋の陽 のどか” (お侍 番外編 68)
 


西日本では相変わらず、
昼間の陽気は夏のそれでもあるそうだけれど。
東の気候はすっかりと秋めき、
今年初めての秋の連休も、
皆様 様々に、旅行や行楽にと羽を伸ばされたご様子で。
こちらの島田さんのご一家も、
連休の前半は、
次男坊の学校へ、お弁当持参で体育祭をば見に行って。
徒競走だけとのお話だったのが、
急な休みで来られないお人の代理、
騎馬戦の騎手の役へも参加した久蔵殿。
それをやっちゃあ危険だから反則じゃないのかという、
騎馬の上への仁王立ちを何度もやらかし、
場内をどっと沸かせたのも微妙な思い出。

 『いや、別に重くはなかったし。』
 『そうそう、
  座ってても立ってても全然バランス崩さないから。』

こんな上手だって判ってたら、
最初から島田にも参加してもらったのになと。
クラス別の縦割り競技だったため、
五色の鉢巻き、両手へたわわに毟り取った大勝者を、
クラスメイトさんたちが たたえまくった一幕で。
はたまた その一方では、

 『え? アタシですか?』
 『……儂で合っておるのか?』

父兄間接参加の“借り物競走”では、
観覧席から島田さんチの保護者二人が、
引っ切りなしに呼ばれる呼ばれる。

 『だって、腕時計だけをお借りしちゃ、
  落として傷でもつけちゃいそうで。』
 『場内で一番の美人といったらvv』
 『島田くんの叔父様が一番、知的な父兄だと思いますので。』

なんなんでしょうか、その曖昧な条件は。

 『あれですね、執行部に島田家のファンクラブ会員がいたとか。』
 『ヘイさん、何でも詳しいのぉ。』

そういう談合(?)はよくないと、
来年は一切の不正が差し止めとなるらしいが。
そんな先のお話はともかくも、
それぞれに数人ずつ、
呼び出されてのゴールまでをお付き合いさせられたご両親。
とんだ参加となってしまい、ますますのこと顔が広まって、

 『文化祭が恐ろしい。』
 『SP、つけましょうか?』

妙に元気な執行部が沸いたのもまま、今はさておいて。
一家まるごと大活躍という、
なかなかに盛り上がった体育祭が片付いて。
それでもまだまだ連休は続く。
思いがけない5連休に、
小旅行へと繰り出すご家庭も多い中、

 「…久蔵はいかがした?」

日頃なら世間様の連休なんて関係ないはずな島田室長。
この連休は他の幹部役員も休みを取った関係で、
ほぼ同じような休みを取れたそうだが、
だからといって予定があった訳でもなくて。
土曜日曜は ぱたぱたたと家人の御用に付き合ったものの、
明けての月曜は七郎次が気を使ったせいもあっての、
久々に寝坊をした御主様。
寝室から出てみれば、キッチンには後片付けの余韻がちらり。
どうやら、休日だってのに、
ほぼ定時に出掛けた誰かさんであったらしく。
それでと勘兵衛の掛けた声へ、
新たな膳の支度を並べつつ、
応じる七郎次の声の軽やかなこと。

 「学校ですよ。」

  学校? 体育祭の後片付けか?
  いえいえ、今度は文化祭への準備だそうで。
  文化祭への?

昨夜のうちに、そう、
弁当箱だのシートだのの後片付けを手伝ってくれたその傍ら、
何の気なしに話しかけての手際よく、
連休後半の次男坊の予定を聞き出しておいたおっ母様。

 「剣道部の準備で、衣装合わせにって出掛けたんですよ。」
 「…確か剣道部の出し物は、
  アメリカンドッグの屋台とか言うてなかったか?」

おお さすが、覚えておいででしたか、と。
にっこり微笑って、つやつやのご飯をよそったお椀を差し出した七郎次。

 「調理やお片付けに向かない、お運び担当者は、
  特別な衣装を着ることになったらしくって。」

それを貸衣装屋さんへ見に行くんですって、と。
実はご本人へも昨日の帰りしに突然告げられた仕儀だったとか、
そんなせいか、少々不満げな言いようをしていたと、
苦笑混じりにすっぱ抜いたおっ母様であり。
テーブルの上には、枝豆とひじきの炒め煮に厚揚げの煮びたし、
銀だらの西京焼きに、温泉玉子が居並んでおり。
おみそ汁は絹ごし豆腐と えのき、
付け合わせはキュウリの浅漬けという、
相変わらずにお見事なラインナップが ずらずらと勢揃い。
連休と言っても家事に休みはなく。
それどころか、お出掛けへのお弁当なり身支度のお手伝いなり、
ともすりゃ日頃より仕事も増えるというに。
きちんとこなす手際も大したものならば、

 「…。////////」
 「いかがした?」

いえ、あのその。////////
こんな時間に二人きりというのは、
案外と久し振りのことだなぁなんて思いまして…
などと。
ささやかすぎて、気にも留めぬ人が多かろうこと、
いちいち感じ入る恋女房殿の、
何とも可憐でかあいらしいことよ。

 「……。(くす)」
 「いかがなされました? ///////」

いや、そういや明るいうちだと必ず久蔵がいたのだなと、
儂もそれを思い出したのでの。
え? あ、いえあのその。///////
決して久蔵殿がいないと詰まんないなとか、
そういう意味で申し上げたのでは…。///////

 「〜〜〜。」
 「…勘兵衛様?」

おっ母様、明るいうちはおっ母様。
陽が落ちないうちゃ、女房以前…ってか?
七郎次さんの天然ぶりもまた絶好調なようでございます。



      ◇◇◇



冗談はさておいて。
(笑)
久蔵の御用というのも、1日を潰すほどのものじゃないそうなので、
戻って来次第、明日以降の予定を皆で算段しましょうねと。
にこり微笑った女房殿が、後片付けにとかかっている間、
特にすることもない勘兵衛、
窓からさし入る初秋の陽に、ふと、何かしら感じ入り。
新聞を片手にすたすたと向かったは、二階のオーディオルーム。
アナログ再生のカーボンディスクから、CDにDVDまでと、
楽曲・映像、何でもゆったり楽しめるよう、
サンルームを改装した部屋が二階にはあり。
そこへと陣取ると、
気に入りのCDのうちから、ひょいと選び出したもの、
機材へとセットする。
大ぶりな手が、なのに、機能的に動く様の、
何とも頼もしいことか。
その姿の男臭い精悍さからのみならず、
ちょっとした所作や視線の配りよう、
表情の深さなどという、
本当にささやかなことどもからも。
大人の男としての落ち着きと重厚さ、
余裕ある、尋深い存在感を醸し出す、
蠱惑の色合い、匂わすお人。

 「…? いかがした?」
 「あ、あのっ。//////」

お片付けも終わって、
勘兵衛を追うように自分も上がって来た七郎次が、
なのに 戸口にて立ち尽くしている様へ、
気づいた御主が怪訝そうに声をかける。
その姿へと、その態度へと、
勝手に腑抜けていただけのこと。
いかがしたかと問われても答えようがなく、

 「えと…………、…あ。」

どぎまぎしていたのも束の間、
室内に流れている曲に気がついて。
あっと言う間にその動揺が一気に治まった。

 “だって、これは…。///////”

思い出の曲。

 『バッハのチェロ組曲。
  これは無伴奏のソナタの1番で、
  他の管弦は添わない独奏曲なのよ?』

駿河の宗家へ引き取られたばかりの頃、
物慣れぬまま、何かと物おじしていた小さな子供へ、
畏れ多くも先代と大奥様と、
どれほどのこと心砕いてくださったことか。
つややかな金の髪が気に入らぬと、
少しでも伸びればハサミでぎりぎりの長さにまで切られ。
冷たい水仕事を義務のように押しつけられたことから、
幼い指先はいつもいつもアカギレに傷つき。
せっかくの愛らしい姿を削られ、
威嚇を浴びせ続けることで心まで擦り減らされていた、
そんな幼子を、そりゃあ根気よく暖め、
慈しんで下さった優しいご夫妻。
傍仕えの者らに任せず、
手指への具合、毎日ご自身で診て下さった大奥様と。

 『あら、お珍しい。』

それまではお忙しい身になられた故にと、
滅多にお弾きにならなんだチェロだったのを、
屋敷においでのおりは、必ず奏でて下さった先代様と。
気に入りの椅子にゆったりと座し、
伏し目がちになってのそれは優雅に、
且つ、力強い安定をもって。
大きなチェロを自在にし、
総身を震わす、なのに落ち着く弦奏曲を、
幾つも奏でて下さった。
黒髪に少しほど癖があって、
なのでと伸ばしておいでだったそれ。
ご在宅のときは、きっちりまとめもしないでおいでだったのが、

 “ああ、そうだ。今の勘兵衛様の髪形って。”

精悍な面差しによく映えるよにと、
顎へとお髭をたくわえておいでなのも、
あの頃の先代様と似ていると、
今頃になって 気づいた七郎次だったりし。

 “………。”

あのころの幸せこそが至福だと思ってた。
今でも思い出せば胸がつぶれそうになるほど、
切なく甘い想いのぎゅうと詰まった、
最上の頃と言える日々には違いなく。

  ―― でも、だけど

今のこの日々も、毎日が幸せでしょうがなく。
ドキドキしたりハラハラしたりと、
波瀾万丈も忙しなく押し寄せるけれど。
守りたい人と日々たちと。
まだ見ぬ先は、時に恐ろしいがそれでも、
この人たちとなら、
乗り越えてゆけると信じてる。

 “もう、
  毎夜のように泣いてなんかいませんよ? 大奥様。”

懐かしくって大好きな弦奏曲に、心 擽られつつ、
こっそりと遠い日の回想へも、寄り道をしてみたりする、
過日のおチビさんからすっかりと大人になった、
七郎次坊やだったりするのである。





  〜Fine〜  09.09.23.


  *回想でいいので、先代様や大奥様を…というリクエストがありましたので、
   ちらりんとおいで願ってみました。
   先代様は趣味でチェロを奏でておいでの芸術家でした。
   ……つか、今現在妙に燃えてる別CPのおじさまが、
   チェリストだってのを引きずってるだけですが。
(苦笑)
   ワンピのレイリーさんといい、
   勘兵衛様といい、そちらの某さんといい、
   わたしの好きになるおっさんは、
   気がつきゃ似たような風貌をしている人ばっかでございますvv
   (姿には後で気がつくお暢気さ…。)

  *チェロと言えば、おくりびとで本木さんが奏でてましたね。
   あと、エヴァンゲリオンではシンジくんが、
   ブラッド+でもあのカッコいいお兄さんが弾いておいででしたが、
   わたしのチェロ好きはもっと昔からでして。
   N響のマスター格に、徳永さんという方がおいでで、
   その方へべた惚れしていた友達がいたんです。
   日がな一日、何かというと“徳永さん”の連呼だったもんだから、
   歴史の授業で、徳川某と答えるおりに、
   ついつい口がすべってそっちを答えてしまったほど。
(笑)
   そんな影響から、N響アワーも欠かさず観ておりましたし、
   今でも、ピアノ曲より管弦楽の方が好みですしね。

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